仙川駅の改札を降りて歩くこと数分のところにある、建築家の安藤忠雄さんによる建物が並ぶ「安藤ストリート」。コンクリート打ちっぱなしの建物群の一角に、調布市せんがわ劇場はあります。
通りに面した入り口は、コンクリートの柱とガラスで構成されたシンプルなデザイン。文化の発信地にふさわしいたたずまいです。客席数は121席というこの洒落た劇場は、調布市によって運営されています。
どんな思いで設置され、運営されてきたのでしょう。調布市せんがわ劇場のスタッフ、吉池耕一郎さんと萩原景子さんにお話をうかがいました。
コサイト 今日はよろしくお願いします。まずはこの劇場のなりたちを教えてください。
吉池 この劇場が開館したのは平成20年4月ですから、今年で8年目を迎えたことになります。建築家の安藤忠雄さんの設計です。
コサイト 今日は子どもたちが劇場に遊びに来ているのでしょうか、どこからか元気な声が聞こえてきますが…?
吉池 実はですね〜壁の向こう側は、市立仙川保育園なんですよ。
コサイト へえ、そうなんですか!
吉池 ここは仙川保育園の建て替えを機に、劇場やふれあいの家などを併設した施設に生まれ変わったのです。
コサイト 保育園建て替えだけでなく、劇場も作ることになった理由は何なのでしょう。
吉池 地域の方たちから、集会場のような人が集まれる場を作ってほしいという声があり、このような形になりました。
暮らしの中にある「劇場」を目指して
コサイト 吉池さんは調布市役所の職員としてこちらに赴任していらっしゃるんですよね? 萩原さんはどのようなお立場なのでしょう。
萩原 私は、せんがわ劇場が運営スタッフを募集している告知を見て応募しました。もともと小劇場で芝居をやっていた経験もあったので…。
コサイト え、芝居をやっていた? それは聞き捨てなりませんね(笑)。
萩原 小さい劇団での活動ですよ。その後結婚して調布にに住んでいた頃、市報などを見ていて、仙川には「音楽・芝居小屋のあるまちづくり」というプランがあることを知りました。いよいよ劇場ができるときに「私も自分の経験を活かして何かできるのでは」と思ったのです。まあ、当時はあまり深い考えも無く、近所だしと気軽に応募したんですけれど。
コサイト スタッフの中にも市民の方がいらっしゃるということですね。せんがわ劇場の企画は市民の方が気楽に参加できるものが多いですし、そういうことを意識しているのでしょうか。
萩原 はい、ふだん着で通える、身近な「まちの劇場」ということを意識して運営しています。
コサイト 具体的にはどのように決めているのですか?
萩原 音楽、演劇それぞれの専門家にコーディネーターになっていただき、参画してもらっています。桐朋学園大学の先生などにお願いしておりまして、いわばプロフェッショナルな方と劇場スタッフで合議の上、企画を決めています。
コサイト 検討を重ねてプログラムができているのですね。近隣の方たちは随分と恩恵を受けていらっしゃる…。
萩原 確かにまず最初のお客様は、この劇場に歩いて来られる方たちです。
吉池 もちろん、調布市全域のお客様を意識した企画をしていますけれど。
子どもも大人も楽しめるプログラムとは
コサイト 子どもに向けた企画も充実しています。
萩原 そうですね。せんがわ劇場には、乳幼児を含めたお子さんやそのご家庭向けの企画、また一般向けではありますが、お子さんがいることも意識している企画、そして舞台芸術を大人の方に楽しんでもらうための企画と、大きくわけて3つがあります。
コサイト たとえば「ファミリー音楽プログラム」というのは子ども向けですよね。他には…「親と子のクリスマス・メルヘン」でしょうか。
萩原 はい(とパンフレットを指差しながら)この二つがお子さん向けにと大きくうたっている企画です。いずれも、まずは子どもたちに楽しんでもらいたいと考えた企画です。ただ、せんがわ劇場のコンセプトとして「子どもも楽しめるけれど、大人も楽しめる」ものであるべきだという考えがあります。子どもだけ楽しめばいい、親はがまんして見ればいい…ということではないと。
コサイト 大人も楽しめるというと!?
萩原 子どもは子どもの視点で楽しむけれど、大人は大人の視点で楽しめるものを作りたい、そこだけは外さずに作ろうというのが、せんがわ劇場が最初から志しているところなのです。
コサイト すばらしいですね。子どもというと小学生ぐらいからが対象ですか?
萩原 いえ、原則として乳幼児からと考えています。とはいえ、演劇の場合はストーリーがあるので、どうしても言葉が理解できる3歳ぐらいからになりますけれど…。
コサイト 子どもも大人も楽しめるなんて、それこそ相当にクオリティが高くなければできませんね。子どもだってちゃんとわかるし、大人も一緒に楽しんだほうがいいですし。
萩原 劇場に行くという行為は「楽しみ」であるべきです。なのに「子どもにつき合うから」と、親ががまんする場所になってしまうのは残念すぎます。子どもも大人も楽しめるものを創ろうとしていれば、その面白さは必ず伝わると思うんですよ。
子どもを子ども扱いしない、子どもだからこそ、その鋭い感覚を尊重したいという思いがあるから、よりよいものができるという「好循環」が生まれているのかもしれませんね。
クラシック音楽や演劇などの世界に、暮らしの中で触れることができる「せんがわ劇場」。まだまだ子どもと芸術の架け橋になるような取り組みがたくさんあります。子どもの感性を育むためにもぜひ知っておきたいお話は、インタビュー後編をお楽しみに!
(取材・編集部 写真・赤石雅紀)
写真右:吉池耕一郎(よしいけ・こういちろう)さん 調布市職員としてせんがわ劇場に勤務。2歳のお子さんのパパ。 写真左:萩原景子(はぎわら・けいこ)さん 調布市せんがわ劇場の広報担当。熱烈なFC東京ファン。