子育て支援というと、どうしても保育園の充実、待機児童の解消…というところに目がいきがちです。でも、実は地域では多様な人たちが子育て中の人たちを応援しています。今回は幼児期の子どものもうひとつの居場所「幼稚園」で、あえて「昔ながら」の幼稚園スタイルを貫いている、調布若竹幼稚園園長の金子剛さんにお話をうかがいます。
コサイト 調布若竹幼稚園は、この9月で50周年を迎えたそうですね。おめでとうございます! 金子さんは園長先生としては何年目ですか?
金子 園長になったのは2年前です。この園で働くようになったのは18年前で、その前はスポーツクラブでインストラクターをやっていた時期もあります。
コサイト うわ〜アスリート系なんですね!
金子 大学では水泳部だったんですが、その後トライアスロンに力を入れるようになりまして、それと同時に実益も兼ねることができればという思いでスポーツクラブに就職しました。調布若竹幼稚園は私の父が設立した園であり、学生の頃に当然後継ぎの話もありましたが、当時の僕は継ぐ気などありませんでした(笑)。その後しばらくして、いろいろと転機があり悩んだ結果、やはり調布若竹幼稚園を継ぐことを決意しまして…。当初は補助的な仕事をしながら通信で幼稚園教諭の免許を取り、自動車の大型免許も取って現在に至っています。
コサイト 大型免許は園バスのために…ですか?
金子 はい。以前は幼稚園バスの運転も定期的にしていました。今でも運転手が欠勤の時等に運転することはありますよ。まあ、年に一度あるかないかくらいたま〜にですけれどね。
地域のコミュニティとしての役割も
インタビューは園庭が見える応接室で。お昼過ぎだったこともあり、お迎えのお母さんたちが少しずつ集まり始め、おしゃべりの声が聞こえてきました。
コサイト あれ、外がにぎやかになってきたということは、そろそろお迎えの時間でしょうか?調布若竹幼稚園では、この後の延長保育はやっていないんですよね。
金子 はい。最近は殆どの幼稚園(約9割)が長時間の預かりをしていますが、うちはいわゆる「昔ながら」の幼稚園で、今のところ延長保育はやっていません。
コサイト つまり「延長保育はなくていい」という方たちが入園しているということですね。
金子 当園もニーズがゼロではないと思います。しかし、どの幼稚園でも同様ですが、入園前の説明会では園の方針をお伝えした上で、利便性以上に大切にすべきものに対し賛同してくれた人が入園してくれているからこそ、先代からの文化と今の園の雰囲気が保たれているのかなと思っています。
コサイト 先ほど園内を見せていただきましたが、役員のお母様たちもすごく楽しそうに活動されていました。
金子 役員というと「大変そう」と思うかもしれませんが、うちの園では「できることをできる範囲で」そして楽しさを見出しながらやっていただきたいとお願いしています。役員以外にもいろいろな形でお手伝いしてもらっているのですが、実はそういう活動を通してお母さん同士がつながってくれたらいいなと思っています。つまり、「完璧な運営」ではなくその活動を通して付加価値を得ていただくことが大切と考えます。
▲充実の蔵書を前に図書委員おすすめの本をディスプレイしていただきました。お手伝いのお母さんたちが交代で貸し出しの係をしているのだそうです。
コサイト お母さんたちにとっても、居場所になっているのでしょうか。
金子 最近は地域のつながりが薄れてきているので、幼稚園がコミュニティとしての役割を果たせたらと思っています。実際、初めは緊張した表情だったお母さんも、いろいろな年代のお母さん達とつながって、ときには子育てのアドバイスをもらったり、共感し合ったりして、ぐんと表情が明るくなった方もたくさんいらっしゃいます。
コサイト 先輩ママのアドバイスは貴重ですね。普段はバス通園の方も、役員などでお手伝いしていれば、幼稚園に足を運ぶ機会も増えますね。私自身もPTAの役員をやった経験がありますけれど、学校の様子がわかって楽しかったです。
金子 そうなんです。幼稚園にお手伝いで来ていただいたときに、ふだんの子どもたちの様子をかいま見ることもできるので…。行事のときの特別な感じとは違う、いつもの子どもたちの雰囲気を感じていただけたらいいなと思っています。
▲年長さんたちによる掃除の時間。それぞれが自主的に活動している様子が伝わってきます。
あえて「利便性」を追求しない理由
コサイト ところで、社会的には「長時間保育」を求める風潮ですよね…。
金子 そういう意味では、現在うちの園は保護者にとっての「利便性」が悪いと言えます。
コサイト それでも、できるだけ今の体制を続けたいと考える理由は何なんでしょう?
金子 誰もが子育てには不安を抱えています。その不安をプロに託すことで安心できると思っている人は少なくなく、長時間預けていることで、そんな安心を得ているケースもあるのではないでしょうか。しかし、いくらプロであっても子どもの立場に立って考えた時、特に情緒的な面まで完全に補えるわけではありません。理屈抜きにして、親だからこそ補える部分があると思うのです。
コサイト つい、どこかに答えを求めてしまいがちですが…。
金子 子育てに正解はないと思います。それぞれの状況や考え方がありますから。もちろん子育てを一人で抱え込むのはよくありません。頼るべきは頼った方がいいのは当然です。子どもを育てることは思い通りにいかないことや大変なことも多いですが、だからこそ私たちは教員として育ちますし、親もまた同じように育つ部分もあると思うのです。
コサイト 親としては、自分たちの状況、子どもの資質に合っているところを「選べる」のが理想です。
金子 そういう意味で、うちのような「利便性」の悪い園をあえて選び、入園してくださる方もまだ少なくないという状況を踏まえ、可能な限り園の方針は守っていきたいなあと思っているところです。しかし、同時に経営という観点からは正直葛藤はあります。近年では園児数の維持はとても難しい時代に突入していますから、園児数の減少の要因がそこだとするならば、しかるべき時には預かり保育等に対して柔軟に考えることも必要でしょう。理想と維持していくべき物とのバランスも考えなくてはいけませんからね。
ただ気をつけなくてはならないのは、単に園児数の維持のためだけにということはできるだけ避け、子どもの立場になって考える中からベターを探るべきであるとも思っています。さらに理想を言えば、社会ももっと働き方を見直したり、家庭で子育てをがんばっている方々をもっとリスペクトして援助することも必要であると常に考えています。働く方だけでなく「専業主婦にももっと光を」と切に願います。
子どもをめぐる「保育」の状況が変わりつつある今、幼稚園としてはどうあるべきかがそれぞれに問われている時代…そこで金子さんが「利便性の悪い」とも言えるスタイルをできるだけ貫きたいと考えている理由。実はご自身の子育て経験にも関係しているようです。父親としての金子さんのこと、そしてより地域に開かれた幼稚園を目指して始めた事業については、インタビュー後編をお楽しみに!
金子剛(かねこ つよし) 調布若竹幼稚園園長。調布生まれ調布育ち。消防団や調布市青年会議所を始めとする地域の活動にも積極的に参加してきた。プライベートでは高校生、中学生の3人の子どもを持つ父親として、思春期の子育てに奮闘中。