2012年12月20日に、調布市の小学校で起きた学校給食の誤食死亡事故を受けて生まれた「アレルギー対応ホットライン」。インタビュー後編では前編に続き「亡くなった女の子の命は絶対に無駄にしたくない」という強い思いを持つ勝沼俊雄先生に、ホットラインが運用されるまでの経緯や、実際にどのように利用されているかをうかがいました。
アレルギー対応ホットラインができるまで
コサイト 2012年に起きた事故をきっかけに作られたホットラインですが、先生ご自身はどのような思いがあったのでしょう。
勝沼 同じ町にいる、しかもアレルギーを専門としている一人の大人として、何かせずにはいられないという気持ちです。何かしなければ弔うことさえできない…と。
コサイト 事故当時は随分と報道されました。
勝沼 報道を見ていると、「調布はアレルギーでは最低の町だ」という印象が強く感じられました。僕としては、調布や狛江というこのエリアに愛着を感じているだけにとても悔しかった。そして調布をアレルギーでは日本一の町にしたいと思うようになりました。それこそが、亡くなった女の子の命を無駄にしないことなのだと。
コサイト 本当にそうですよね…。そしてホットラインを思いついたと。
勝沼 そうです。報告書を書いて満足していればその先につながりません。また、どれほど立派なマニュアルを作っても事故をゼロにすることはできません。事故とは人為的なミスによるものであり、100%防ぐことは不可能だからです。
コサイト ホットラインが生まれた経緯を教えてください。
勝沼 まずは消防と病院をつなげばいいと思いました。アレルギーによるアナフィラキシーショックで救急車が出動しても、搬送先の病院がすぐに見つからないことがあるからです。早速狛江の消防署に出向き「学校などでアレルギー症状がある子どもを搬送する場合は、慈恵医大第三病院はいつでも受け入れる病院だということにして、ホットラインを結びましょう」と持ちかけたのです。
コサイト 救急車からすぐに病院に連絡がつく手段を確保する、ということですね。一刻も早く搬送できるように。
勝沼 我ながらいいアイデアだと思ったのですがね。消防救急は東京都全域に対応しているので、このエリアに限定したホットラインを導入するのは仕組みとして難しいと言われました。
コサイト うーん。
勝沼 なんだ、ダメなのかと思いました。でも、そこでふと「現場と自分たち(病院)を結ぼう」と閃いた!
コサイト めげなかった(笑)!
勝沼 院長に相談してすぐにOKが出てからは、あっという間に話が進みました。話を聞いた調布市の教育委員会の方たちが飛んで来てくださってね。
コサイト 事故に対して、責任を感じていたのかもしれませんね。
「エピペン(R)をすぐに打ってください!」
コサイト 事故後、全国の学校現場ではアレルギー対応のための研修が熱心に行われるようになりました。東京都もあらためてマニュアルを作り直し、対応は万全のようにも見えます。
勝沼 アナフィラキシーショックを起こしたときの緊急対応用の注射、エピペン(R)の講習も盛んに行われています。けれどいくら「手技」がわかっていても、実際にアナフィラキシーらしき症状を起こしている子どもを目の前にしてエピペン(R)を打つという判断はそうそうできるものではないでしょう。現場で少しでも迷ったら小児科医に直接電話して、助言してもらえばいい。それが命を救うことになるのですから。
コサイト 勝沼先生も、ホットラインを担当していらっしゃいますから心強い!
勝沼 慈恵医大第三病院の4人の小児科医が交替でホットラインの電話を持つことになっていて、僕も週2回ほど当番が回ってきます。
コサイト 先生ご自身も、ホットラインでエピペン(R)を打つよう伝えたことはありますか?
勝沼 あります。状況を聞いてすぐに「講習どおりに打ってください」と。その後すぐ病院に連れてきてもらい、事なきを得ました。僕が担当しているだけで、これまで2回ありましたね。
コサイト よかった…。
勝沼 電話をかけてきた人も、小児科医が打っていいと言っているのだからと、安心して躊躇なく打てたと思います。
対応する医師の負担は少ない
コサイト ホットラインがあるだけで現場のみなさんの負担が随分と軽くなりますし、何より一刻を争うかもしれない子どもたちの命を守ることができています。調布や狛江以外の地域でも広がってほしいと思うのですが、費用面などが問題なのでしょうか。
勝沼 莫大な費用がかかるというものではありませんので、そこはなんとかなるかもしれません。むしろ地域の連携が取れるかどうかがカギです。医師会と行政と地域の基幹病院がしっかりと手を組まなくては実現できない事業なので。
コサイト 実際、どれぐらいの利用があるのでしょう。
勝沼 2013年に始まって以来、おおむね年間にかかってくる電話は30件前後。その三分の一は重篤なケースでしたが、三分の一はエピペン(R)を打つほどではないけれど、とりあえず病院につれてきてもらうケース。残りの三分の一はほぼ心配がないので様子を見ておいてくださいというケースです。
コサイト 年間10件ぐらいは重篤なケースがあるのですね…。ホットラインがあってよかった!
勝沼 本当にそう思います。しかも、私たち小児科医にとって、ホットラインによる業務的な負担はほとんどありません。
コサイト そうなんですか!
勝沼 月曜日から土曜日までの朝9時から夕方5時までなので、当番医が週1〜2日、業務時間内にホットラインの電話を首から下げているだけ。しかもホットラインにかかってくるのは月に2〜3回ぐらいですから。まあ、少しだけ首が凝るかなあ、ははは。
コサイト そこはちょっと我慢していただいて(笑)。
勝沼 この取り組みをモデルケースとして広めていきたいですね。学会活動などを通して、ホットラインの全国展開に、もっともっと力を入れてアピールしていこうと思っています!
「命を守りたい」という思いから、抜群の行動力を発揮して「アレルギー対応ホットライン」を実現した勝沼俊雄先生。ご専門のアレルギーについても日々研究を重ねているだけでなく、全国の後輩医師たちの育成にも力を注いでいます。
事故を起こしてしまった調布市ですが、その経験を無駄にせずしっかりと対応し、真に「アレルギー対応では日本一」と胸を張れるようであってほしいと思いました。(撮影・楠聖子 取材・竹中裕子)
※「アレルギー対応ホットライン」について、調布エリア以外の地域でも導入を検討したいという自治体などからのお問合わせは、調布市教育部学務課(042-481-7473~6)までご連絡ください。
勝沼俊雄(かつぬま・としお) 東京慈恵医科大学第三病院小児科教授。アレルギー専門医として、日々の診療にも積極的に関わっている。調布市や狛江市の学校職員向け「アレルギー研修会」では講師も務める。大学生と高校生、2人の男の子のお父さん。