調布市に児童館が設置されて50年。子育てをとりまく状況は刻々と変わっています。そして何より、子どもたちの様子も以前とは随分変わってきたとのこと。インタビュー前編では「児童館は自分がやりたいことを実現できる場でありたい」ものの、実際には「やりたいことがわからない」子どもが増えているというお話にドキッとしました。いったいなぜ?
「失敗したくない」「自信がない」
大川 私が気になっているのは、自信のない子どもたちが増えているということ。「失敗したくないからやりたくない」と言うんですよ。実体験が少ないから自信が持てない。私たちは、だからこそいろいろな経験をしてほしいと思っています。
コサイト 失敗を怖れて、やってみようと思えない…。
大川 そうだと思います。でも失敗をしてこそ学べることって多いですよね。
コサイト 確かに、成功体験だけしかないと失敗したときのダメージも大きいでしょうね。児童館では、やりたいことがわからない子どもたちに対して、どのように接していらっしゃるのですか?
大川 実は最近、富士見児童館では「おおちゃんのお店」っていうのをやっています。ちょっとした工作などをするのですけれど…。
コサイト 楽しそう!
大川 「ヒマな子しか来ちゃダメ!」という約束でやっています(笑)。
コサイト ええ?それはまた、ユニークなルールですね。
大川 とにかく体験してもらいたいという思いでやっています。たとえば何か道具を使って工作をしていると失敗したり、道具をうまく使えなかったりという経験ができますね。ハサミ一つでも、危なくてつい親が手を貸してしまうこともあるでしょう。
コサイト ああ、私は子どもが彫刻刀を使っていると怖くて。だから見ないようにしています(笑)。ときには小さいケガもあるのだろうと覚悟していますけれど。
猪股 道具の使い方だけでなく、子ども同士のコミュニケーションも同じです。
コサイト と言いますと?
猪股 人間関係って口で説明してもわからない部分が多いでしょう。友だちとのやりとりの中で「ちょっと言い過ぎちゃったかな」「どうしたら伝わるかな」といったことは、失敗しながら学ぶものです。
コサイト 友だちや児童館の先生との距離感もはかりながらですね。
猪股 先程もお話ししましたが、子どもたちは児童館の職員をニックネームで呼んでいます。でも、ただフレンドリーだということではなく、越えてはいけない一線もあるのです。
大川 子どもはいろいろな人との関わりの中で、自分の存在を感じます。児童館はそれを肌で感じられる場所だと思います。
「遊び」と「勉強」。大事なのはどっち?
コサイト ところで児童館はさまざまな「遊び」を体験できる場所ですが、保護者はどうしても遊びより勉強のほうが大事と考えがちです。どちらを優先させたらいいのでしょう?
大川 私は、子どもの育ちに遊びは欠かせないと思います。子どもを豊かに育む様々な要素が遊びの中には詰まっているのですよ。たとえば友だちとの遊びは、ルールは厳しくて結構シビアです。そんなルールを自分の中に落とし込み、折り合いをつけるという高度な技が求められますからね。遊びで育つ社会性は子どものうちにこそ身につけておきたいところ。大人になってからでは大変ですよ。
コサイト コミュニケーション能力など、社会性がバランス良く総合的に育つためにも、遊びは必要だということですね。
▲児童館に来たら守らなくてはならないルールもあります。
大川 コミュニケーションだけではなく、手の器用さとか想像力とかそういったものが総合的に養われるのが「遊び」です。子どもの遊びってしょっちゅうルールが変わるので、もたもたしていられない…。
コサイト 今の私にはついて行けそうにありません(笑)。
大川 そこが子どもの凄いところ。柔軟な子ども時代だから、何でもすぐに体得できるんです。
猪股 だから、10歳頃までの子どもにとっての「遊び」はとても大事。
コサイト 心も身体も成長する時期だからこそ、遊ばなくては。
猪股 学校で学習したことと遊びもつながっています。たとえば「鬼ごっこ」。逃げるために速く走ろうとする…そのときに学校の体育で習った走り方につながりますね。さらにルールを把握して「自分が鬼だったらどうやって捕まえようか」「どんな動きをしようか」「逃げるときはあっちだな」と瞬時に考えて動いたり駆け引きしたり。頭も身体もフル回転で使います。学校での勉強と遊び、両方が大事だというのは、たとえばそういうことなのです。
コサイト 「遊び」は子どもの成長発達に無くてはならないものなのですね。
猪股 遊びの中にあるバランス、調整、加減、折り合いを経験することは、勉強と同じぐらい重要だと思います。
大川 児童館ではいろいろな年齢の子どもが一緒に遊んでいます。お互いが存在を認め、さりげなく面倒を見たり、工夫をしたりする。子どもはそうやって育つのだと思います。
児童館のこれから、児童館職員のこれから
コサイト 児童館も開設から50年という節目を迎えました。これからは、どのような方向へ向かって進むのでしょうか。
猪股 子育て支援においては、妊娠中から18歳ごろまでの「切れ目ない支援」が求められています。その中で、今後の児童館はまさに支援の拠点としての役割を担っていくことになるでしょう。乳幼児期の親子に対しては「子育てひろば」をこれからも継続して運営していくこと。昨年からは、地域の助産師さんも来てくれるようになり、ちょっとした相談などもできるようになりました。児童館によってばらつきはありますが「子育てひろば」の専用室がある館もあります。そして小中学生にとっての児童館は、居場所の一つでありたいと思います。
コサイト 選択肢の一つなのですね。
猪股 はい。そして子どもたちが児童館を居場所として選んで来てくれたときに、どう応えることができるか。職員がプロとしてどう関わるかが大事です。
コサイト 職員のみなさんは子どもたちと遊ぶこともお仕事ですが、決して楽なことではないと思います。
猪股 そう、かなりエネルギーが必要です。何しろ遊びは楽しくなければ意味がありませんから、本気で一生懸命「遊び」ます。私たちは遊びの楽しさを伝えられる職員であらねばなりません。
コサイト 子どもと本気で遊ぶには、根気と体力も必要でしょうね。お二人はけん玉もお上手だそうで。
猪股 上手いですよ〜(笑)。私たち職員が本気で楽しみながら、しかもちょっとカッコイイところを見せたりすると、子どもたちも「やってみたい」と思ってくれます。そういうことが大切なのです。
▲「私たち、けん玉はわりと上手なのよ」
▲大川館長は成功! 猪股館長は…!?「緊張してダメだわ〜」とのことでした(笑)。
(ひとしきり、けん玉でおおいに盛り上がるお二人)
コサイト ふ〜、お二人がなぜこんなにエネルギッシュなのか、わかったような気がします(笑)。本気で遊んでいる、遊べるからなんですね!
猪股 それから…実はずっとあたためている夢もあります。
コサイト それはまたどんな?
猪股 勝手に考えているだけなのですけれど…「カフェテラス構想」です。児童館が地域のおじいちゃんやおばあちゃんも集える場となるよう、テラスに椅子とテーブルを出して、お茶を出せたらなあと。地域の方たちとつながる機会にもなります。まあ、今はまだ実現にはほど遠い状況ですが。
大川 わ〜、猪股さんがカフェを出すなら、隣に「おおちゃんの店」を出そうかな(笑)。
コサイト 各児童館に地域の人が気兼ねなく集えるカフェを併設!実現したら最高です。
大川 私も、地域とのつながりをもっともっと広げていきたいと思っています。石原小学校エリアには地域の方々が運営している「子ども食堂」もありますので、ここではそういう団体との連携も深めていく必要を感じています。困ったときに児童館に行けば何とかしてもらえるようでありたいと。
コサイト セイフティネットを作っていきたいということですね。
大川 はい、ですから職員にはそういう子どもたちをきちんと見る「目」もまた求められていると思います。児童館は、楽しいイベントがたくさんというだけの場所でもダメだと思うんです。さまざまな事情を抱えている子どもたちに丁寧に寄り添い、支えるためにも地域とのつながりは大事にしていきたいと思っています。
児童館単体での取り組みにとどまらず、お二人の思いは子どもたちのために、地域のために…という、より広範囲に目を向けたものでした。
さあ、いよいよ4月は新入学の季節です。「よく学び、よく遊べ」ですね。そして地域で安心して子どもを遊ばせたいと思ったら、児童館もぜひ積極的に利用してみてください!
(撮影・赤石雅紀 取材・竹中裕子)
調布市立富士見児童館の大川貴子館長(左)と、調布市立つつじケ丘児童館の猪股久美子館長(右)